物語はいつも不安定

SF小説が好きすぎて

開けてはいけない玉手箱の話、あるいは浦島太郎の結末が奇妙である本当の理由

”こうしてうらしまはたくさんのおみやげを持ってなつかしい浜辺へ帰ってきました。うらしまはもらったおみやげをつかってしぬまでしあわせにくらしましたとさ。めでたしめでたし”

 

 

「これでいいかい?ウミガメさんよ」

 

 

「へえ!すばらしい出来で!さすがウラシマさんは文才もお有りなんですなあ!でもできればおみやげ、のところはきんぎんざいほう、に変えてくりゃあしませんでござましょか!」

 

 

「そんなこと言ったって、おめえのくれたおみやげはわけのわからねえからくり仕掛けばかりじゃねえか。きんぎんざいほうとわけが違うよ」

 

 

「えへへ、いいじゃありませんか。これをつかってウラシマさんがしあわせに暮らせるのは間違いねえでがしょや」

 

 

「そんなこといったって、おれにゃあとんと使い道がぴんとこねえもんばかりだよ。なにか?これはせきたん?を掘る道具に、これはえぇと、なんだっけ、せきゆ?をみつける道具というたか?」

 

 

「ウラシマさ〜ん、そこはきちんと覚えるいうたやないですかぁ。ほれ!この巻物にきち〜んと書いておきますから!」

 

 

「おぉ、おぉ、そうじゃったな。して、おめえ、このつづらは?なんが入っとる言うとったがじゃや?」

 

まただ。

 

「ウラシマさ〜ん!それは何度も念押ししたですがや!これはウラシマさんが元気になる一番オススメの手土産、玉手箱ですがや!ながあい竜宮城からの御帰路、お疲れ様でごじゃました。これはあっしが帰ったあと!くれぐれも一人のときにあけておくんなまし!とっときのまじないですがや!」

 

 

またあの感じだ。

 

 

「いや〜それにしても、あんときゃあウラシマさんがあっしのことを助けてくれて、嬉しかったですがなあ〜!」

 

 

あのつづらをみると違和感を覚える。

 

 

「あぁ、神様ってのはいるんだな!あっしのことを見捨てちゃあいねえんだな!心の底から思ったですがや!」

 

何か忘れている気がするんだ。

 

 

「それからのウラシマさんとの日々!楽しかったですねえ〜!覚えておいでですか!見渡す限りの桜鯛!オニヒトデが星のようで!」

 

 

脳のどこかからおれを叩き起こそうとする違和感。脳…?

 

 

「ウミガメよ。聞かしてくれんか?この玉手箱は…どうして今開けないんだ?」

 

 

「何度も言わせんで欲しいがぁ〜!あっしがいると効き目がうすうくなっちまいますんでダメなんですがや!一人になるまで絶対!開けたらダメです!」

 

 

開けたらダメ…?

 

 

「ウミガメ…」

 

 

「はいはい!なんでげしょう!」

 

 

「乙姫様は…元気ですか?」

 

 

「…乙姫様は…お元気でいらっしゃるに決まってるやないですか!お忘れですか!仲むつまじゅういっつもいっしょにいらっしゃって!」

 

 

乙姫…

 

 

頭の痛みがひどくなった。

 

 

「なあウミガメ…そんなにすばらしい時間を過ごして、どうしておれはここに返されたんだっけ?」

 

 

乙姫という名前を聞いて、ある女性の顔が思い浮かんだ。そしてこんな言葉が口を突いて流れ出した。

 

 

「ウミガメよう。海の97%は今も人類が到達していない未知の領域や。想像してみろよ。今から40億年前、この星に産み落とされた生命は陸上と深海、どちらを自分たちの」

 

 

・・・

 

 

「…どちらを自分たちの住処に選ぶかしら?」

 

 

おれと彼女の出会いは豪華絢爛な宮殿の中で桜鯛のショーを見ながら、というわけにはいかなかった。

 

 

「さあ…おれにはわからないよ。それよりここからどうやって出るかを考えないと」

 

 

竜宮と呼ばれる巨大な海底都市に到着した直後、おれはあっという間に牢獄に閉じ込められ、そこで少女と出会った。あとでわかったことは、竜宮で人間はおれらだけだった。

 

 

 

「答えはあなたにもわかってるはずよ。正解は海。私たちじゃなくて、この海の中にこの星を支配している種族がずっといたの」

 

 

「そいつらにおれたちは捕まっているのか。おれはこんなところへふわふわついてきた自分を呪うよ。何がカメの恩返しだ。子供にいじめられてたところから演技だったのか」

 

 

「私もあれはだまされちゃったなー…。お礼に竜宮城へ連れて行ってあげましょう!なんてねえ。監禁じゃん」

 

 

「おまえさんバカのつくお人好しか」

 

 

半透明の壁がおれの拳を跳ね返した。

 

 

「浦島くん。無駄だよ。あいつらは私たちをここから出すことはない。あいつら陸上生命の進化をずっと観察してきたみたいなの。ここはね。きっと昔から人間が飼われてた部屋なんだ」

 

 

「どうしてそんなことがわかる?」

 

「これ見て」

 

乙姫はそっと部屋の隅の床を指差した。すべすべした床には、規則的な刻み跡がいくつもいくつも残されていた。数百はあったろう。

 

 

「きっと前にここにいた人の…」

 

 

その先は聞きたくなかった。

 

 

 「でも浦島くん。安心して。私たちはきっとここから生きて出られるよ」

 

 

「どうやって?今自分で無理だって言ったじゃないか」

 

 

「大丈夫」

 

 

そうだ、このときの笑顔だ。

 

おれはそんな状況じゃないのに、幸せを感じたんだ。いつまでも見ていたいと思ってしまった。彼女はゆっくり近づいて、おれの耳元に口を寄せてこうささやいた。

 

 

「あいつらがさらったのがあたしらだったのを後悔させてやろうよ」

 

 

それからおれたちはわざと従順にあいつらの言いつけに従った。

 

従順なフリはそれなりにあいつらの信頼を勝ち得たみたいだ。しばらくたって彼女の進言でおれらに学習の機会が与えられた。俺たちはむさぼるように文字を読み、彼らの言葉をマスターし、彼らが記録したたくさんの記録映像を繰り返し見続けた。

 

 

俺たちは本当にいろんなことを学んだと思う。 

 

 

「ねえ、テロメアだって。この遺伝子をいじることであいつらはいつまでも年をとらない」

 

 

「ねえ、ほら、記憶のスナップショットだって。何を考えてるかが視覚化できる」

 

 

「ねえ、見て。生物の代謝を急激に促進させるガスだって。なんに使うんだろう?この箱を開けたら絶対ダメだよ」

 

 

瞬く間に「俺たち」の分の切り込みが部屋に刻まれてった。

 

 

 

ここに来たときは何も知らない漁師のガキだった俺は、今や地球の組成に、物理のルールに、それを支える数学の美しさに、そして何よりその星に住む動物の営みに魅せられた学徒へと成長した。

 

 

そして、会ったとき俺とそんなに背丈が変わらなかった少女は、とびきりの美しさとくじけない心を持つ女性へと変貌していた。

 

 

あれは、そうだ、切り込みが示す数字が1000になった日のことだ。

 

 

俺はいつものように大量に書物を持ち帰って部屋で読んでいた。『哺乳類の可能性と限界』『海洋資源革命』…。中には厳重に管理されている書物もあったが、俺たちはかなり自由にこの建物を行き来してたっけ。

 

 

「浦島くん」

 

 

「おかえり。どうしたの?」

 

 

「大事な話があるの」

 

 

俺は読みかけの『パラダイム・シフト』を閉じて彼女に向き直った。

 

 

「ここから帰れるかもしれない」

 

 

「えっ!?」

 

 

喜ばしいはずの報告だったが、彼女は僕と目を合わさなかった。

 

 

「聞いて。あいつらが3年前に私たちをここへ連れてきたのは、陸上動物の標本が欲しかったんだと思ってた」

 

 

そうだ、俺も最初はそう思ってた。

 

 

「でもそれじゃあ私とあなたが一人ずつ、同じ部屋の説明がつかない。私もさ、来たときはわかんなかったんだけど、今ではわかるんだ」

 

 

本当は俺も途中で気づいてた。だけどあんまり話さないようにしてたし、何よりあいつらのいいなりになるのが嫌だった。

 

 

「わたしもさ、あいつらのいいなりになるのが嫌でそのことを考えないようにしてたけど」

 

 

常に快適に調整され続けているはずの「竜宮」がやけに暑かった。

 

 

「たぶんあいつらは人間の赤ちゃんが欲しいんだよ」

 

 

彼女は続ける。

 

 

「浦島くん、君は帰れるよ。子供を産むのはお母さんだけだから」

 

 

「そんなわけない」

 

 

「違うの。浦島くん。君にはもう一つ役割があったの」

 

 

「嫌だ。だとしても俺は君を置いて帰ることはない」

 

 

「でも!あなたは、それでいいの?ずっと…」

 

 

その先の声は僕に伝わる空気を振動させることはなかったけど、なぜか俺には聞こえたんだ。「私といてもいいの?」って。

 

 

もちろん俺の答えは決まっていた。

 

 

ちょうどそのとき、「あいつら」がやってきた。「あいつら」はこの星でずっと俺たちを見てきた。俺たちの祖先が陸上へ上がり、トカゲからネズミへと姿を変えてこの陸上へ広まっていくのをずっと深海からみていたんだ。水圧に耐えるために水で満たされた体。赤外線のみ感じる黒い皮膚。異様に大きい頭部。40億年もの間、少しずつテクノロジーを進化させてこの星の覇者に君臨し続けている「あいつら」

 

 

「あいつら」に迷いはない。少なくとも俺らへの情はない。それはきっと、僕らがチンパンジーを好きに扱うことにためらいがないのと同じだ。それよりもひどいかもしれない。チンパンジーと違って、僕らは海を汚すから。それはきっと怒りだと思う。自分たちの知らない間に海の底の一部が隆起し陸となり、知らない動物が増えていることへの。自分たちの星を我が物顔で歩いている動物への。数十億頭まで増えた下等生物への。

 

 

「あいつら」は僕を力づくで押さえつけると頭に何か硬い機械を被せた。力任せに抵抗しようとしたところで手足がしびれるのを感じた。

 

 

「浦島くんダメだ!その機械はあなたの記憶を上書きする!」

 

 

それは考えつく限り最悪のケースだった。

 

 

「浦島くん!聞いて!彼らが君を陸上に返す目的はね!…」

 

 

口が麻痺して返事ができなかった。構わず叫ぶ彼女も取り押さえられた。

 

 

  

「それから!ねえ!」

 

 

「いっしょにいて幸せでした!」

 

 

僕が深い海の底に沈む最後の瞬間に感じたのは、

 

 「彼女のことを覚えていたい」ということだった。

 

 

・・・

 

 「ほあ〜ほんの少しの間かとおもっちょったが、もう3年になるんじゃのお」

 

 

「へえ、左様で、ずいぶんと長くお引き留めしてしまいやした」

 

 

気づくとおれは竜宮城の座敷でウミガメから手土産の説明を受けていた。

 

 

「このつづらはなんじゃ?」

 

 

「あぁ、これは薬みてえなもんですな。不思議と元気になるやつでげす」

 

 

なんだろうこの違和感は。

 

 

・・・

 

 

全て思い出した。

 

 

全て思い出した僕はウミガメからもらった手土産を壊し始める。

 

 

「ウラシマさん!何するんですか!これはおまえさんを大金持ちにしてこの国をこの星の一等賞にしてくれるんでがしょや!」

 

 

「彼女を残して僕だけがこの陸上に返されたんだ」

 

 

「おまえらはこのテクノロジーを選んで渡すことで僕に人類の先導役をさせようとしている。その技術で人類は石炭を、石油を、メタンを掘り起こすことを可能にするだろう。地球に潜む爆弾を優先的に空気中へ放出することで地球は温まり、北極と南極の氷分だけ海が増える。そうして陸上に増えすぎて海を汚した哺乳類を洗い流す!」

 

 

彼女が最後に教えてくれた。

 

 

ウミガメは信じられない顔をしていたが、ついに諦めたのかつづらに走り寄った。

 

 

「残念です」

 

 

「残念ですがいずれ人間は自分たちで同じことをするでしょう」

 

 

つづらを開け放ったウミガメは海中へ消えていった。

 

 

全開になったつづらからは3本の煙が立ち上り、僕の体の代謝は極限まで加速され僕の体に残されたテロメアを食い尽くしていった。僕の細胞が許された分裂を、この世界で活動できる時間を、ギリギリまで貪った。

 

 

残された時間は数分だろうか。僕に出来ることは。機械は破壊できたがこのことを後世に語り継がなければいけない。

 

海には「あいつら」が潜んでいること。乙姫は悪いやつではないこと。この陸を守らないといけないこと。

 

 

僕の老いた死体は誤解を招くだろうか。既に竜宮は楽園として描いてしまった。この話が後の時代まで残らないといいが。もう手遅れだ。

 

 

彼女は僕のことを待っているだろうか?

 

それとも僕が 彼女を 待つのだろうか?

 

 

 

彼女に笑顔でいて欲しいと心から願った。

 

今週のお題「おすすめの手土産」

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