物語はいつも不安定

SF小説が好きすぎて

くじらみたいに

「ねえ、今年もね、流行語大賞の時期になったよ」

 

 

「そっか。もうそんな時期なんだ。どんなのがあるの?」

 

 

「今年はねえ、私これ好きだな。くじらみたいに、だって」

 

 

「何それ。どんなとき使うの?」

 

 

「わからないよ。今私が適当に考えたから。流行語なんだから好きなときに好きなよ」

 

 

「うに使えばいいんだよ」

 

 

「それじゃまだ流行してないじゃん」

 

 

 「私だけの流行語ってこと」

 

 

「それは流行って言わないんじゃない?」

 

 

「あなたも使えばいいの。それで二人分はやったことになるから」

 

  

「なるほどくじらみたいに納得した」

 

 

「くじらみたいにものわかりがいいじゃない」

 

 

僕とマリは二人でこんなメッセージを交わしていたけど、少しずつ二人の間の距離は広がっていった。といっても仲が悪くなっていったわけではなくて、本当に、二人の間の距離が離れていったのだ。

 

 

僕が人類初の土星有人探査でたったひとりのパイロットに選ばれたのはいくつもの不幸な出来事が折り重なった結果で、誰も喜べない事故で候補者が上から13人いなくなったからだった。気づくと僕の名前がリストのトップに上り詰めていた。

 

 

土星探査はどんなに急いでも片道6年かかる長い長い旅行であり、実際地球からの追放だし、帰ったときにはヒーローというより浦島太郎だ。

 

そんな刑罰に喜んで志願するのはちょっと普通じゃない人だけど、宇宙飛行士なんて根本的にちょっと普通じゃない人ばかりが選ばれているから満額100%の宇宙飛行士全員がその計画に志願していた。僕だってその一人だ。土星に行けるのなら20年くらい喜んでくれてやるよ!なんのためらいもない!

 

 

だけど問題が一つあった。SF小説なら片道6年くらいカプセルで冷凍にされて寝て起きればもう到着30分前、みたいな話になるのだが、そんな便利なものはついに発明されなかったのだ。なので僕はきちんと年を取りながら分速160,000kmで土星に向けて飛んでゆく。

 

 

それはさぞや寂しかろうって? 

 

 

いや、それがそうでもなくって、宇宙飛行士なんてもともと孤独に強い人間ばかりが選ばれて特殊な訓練を受けているわけです。と、言いたいところだけど、

 

 

それはそれは寂しいわけです。

 

 

やることが無いわけではない。今現在地球から持ってきた1ゼタバイトのコンテンツはまだ全体の2.3%しか消費していないから、往復12年の間にすべての書籍、動画、音楽を見るのは難しそうだ。超長期間快適に過ごせるために造られた母船は体育館2つくらいは優にある。たった一人で運動するだけの広いスペースもあったし、食事は超一流のものが用意された(再利用するけど)

 

生命維持はほぼすべてこの船の中で完結されるため、小さめの地球が土星に向かって飛んでいるようなものだ。ただひとつ、

 

 

地球との連絡ができないだけで。

 

 

NASAとJAXAからの連絡は徐々に遅くなっていた。僕の体育館は小さなイオンエンジンでほんの少しずつ加速していたから、十分に長い時間をかければ光速の80%までは楽に出せる。そこから先は質量増大に浪費されるため加速はしていない。

 

宇宙では遮るものがないから指でつつくほどのエネルギーは少しずつたまって膨大な推力へと積み上がる。すると今度は船が速すぎて地球から十分な情報を伝えるには時間が足りなくなって結果、徐々に情報は薄く削るしかなかった。

 

始めはリアルタイムで動画をつないでいたのが週に1回の動画送信になり、音声だけになり、ついにテキストメッセージになった。

 

そのテキストメッセージも徐々に頻度が減り、僕は3日に1回だけ送られてくる70文字の業務連絡を心待ちにしている、とまあこういうわけなんです。

 

 

 

孤独が僕に少しずつ忍び寄っていた。

 

 

マリはNASAからの連絡を交通整理している統括部長だ。初めてあったとき、そんなに若くてどうやってこのポジションを得たの?と聞いたことがある。彼女の返事は、「死ぬほどがんばったの。あなたくらい」といってにっこり笑ったのでその瞬間彼女の笑顔は僕の頭に飛びついて離れなくなった。きっとこのミッションさえなければ彼女といっしょにいるためにあらゆる努力をしたと思う(彼女がうんと言いさえすれば)

 

 

通常NASAとの交信はどんなに些細なものでも全てパブリックドメインで世界中へアーカイブされる。「土星 会話」でググれば全部見れるので是非やってみてください。間抜けな僕の起き抜けの声も全部入っています。なので誰がそんな状況で愛の言葉を語れるというんだ!

 

だけどマリはすこぶる天才だったのでそのテキストメッセージの通信データの隙間に4キロバイトだけ取り除いても問題のない文字列があることを見つけた。

 

「ねえ、昔学校でさ、みんなに隠れて手紙回したりしてたよね」

 

彼女はそこにたった30文字だけ文字が入るパケットを埋め込み、僕にその使い方をこっそり教えてくれたのだった。

 

 

僕達だけの文通が始まる。

 

 

僕はNASAとの定期更新の傍ら、ほんの30文字だけマリとおしゃべりすることができた。

 

 

僕は3日に1回だけテキストメッセージをやりとりできる彦星で、織姫が僕のことを愛してい(るかわから)ないことを除けばとてもステキなオマージュだとは思うんですがどうでしょう?

 

そのちょっぴりでとても贅沢な会話で僕は保たれていたと思う。

 

 

ただ、問題だったのはそのテキストメッセージで救われていたのは僕だけではなかったということだ。

  

NASAからのメッセージに通常では考えられないコマンドが混じってきたのは数カ月前のことだった。

 

 

情報の秘匿は税金で運営され人類への貢献を旨とするNASAではご法度だが、最初にそれを破ってきたのはNASAだった。

 

 

地球でなにやらごたごたが起こっていること。その収拾をときの政権が極めてマズく対処しているらしいこと。土星への有人探査計画に変更はないが、その母体たるNASAに変更が生じうること。このテキストメッセージが減ること。その理由は地球全体の問題であること。なかなか要領を得ないそのメッセージが伝えようとしていることはつまりこういうことだった。

 

 

僕らの星で大きな戦争が起きようとしているらしい。

 

 

マリによれば第3次世界大戦が起きると、アメリカか敵国のどちらかが消滅する可能性が0ではないとのことだった。

 

土星帰りの浦島太郎を迎えてくれるのはやはり廃墟だ。僕はそれが悪い冗談でないことを知ってしまった。

 

 

 

 

そしてついにそのメッセージが届く。

 

 

「ねえ、もしかするとね、これが最後のメッセージになるかもしれない」

 

 

「使用される武器がエスカレートしてて。私達の通信施設もターゲットみたい」

 

 

「ねえ覚えてる?人間が二人使ってるだけじゃ、流行とは言えないっていったときのこと」

 

 

「あのとき地球の人口は120億人のうちの2人だったけどね、もう今はそんなにいないの」

 

 

「今ならね、2人が使ってるっていえばけっこうな割合になるんだ」

 

 

「土星に人を送れる生命体が、そんな偉業を成し遂げる知的生命体が」

 

 

「内輪同士のケンカでいなくなっちゃうなんて」

 

 

一度に送信できる30文字。1週間に1度の30文字。

 

 

「後悔しない内に。あなたと最後の2人になりたかった」

 

 

「ひとりぽっちのくじらみたいにあなたの宇宙を見上げながら。マリより」

 

 

僕の乗る探査機は後戻りが出来ない。土星軌道をスイング・バイして戻るまで僕の船は一方通行だ。もしも彼女の言うとおり人類最後の人間になってしまったら僕に帰る場所は無い。

 

 

最後のくじらみたいに。

 

 

・・・ 

 

地球からのメッセージが無くなって40日が経った。通信施設が破壊されただけかもしれないし、もしかするとこの太陽系で知的言語を操る生命体が僕だけになってしまったのかもしれない。土星が死の星であることはほぼわかっていた。

 

 

僕は最後の人類になってしまったのだろうか。マリの考えた「くじらみたいに」は一人きりの全人類に伝わったから見事に流行語大賞に輝いたことになる。

 

 

宇宙の海でひとりぼっちの僕はくじらみたいに考える。

 

 

 

 

宇宙飛行士は諦めない。

 

 

くじらには歌がある。不思議なことにすべてのくじらの曲は8分あまり続くことが知られている。どうして8分なんだっけ。

 

 

調べるとそれは水中で他の群れからの返答が届くまでの時間を計算して8分なのだ、と書かれてあった。

 

 

自分の歌が届くまで。

 

 

僕は自分にできることを見つけた。

 

 

この母船をスイング・バイしてイオンエンジンで加速して光速を超える。光速を超えるメッセージは時間を縮めて地球へ届くはずだ。僕が地球を出発する前の時間に届く電波を放てるとしたらどうだろう。

 

 

この不幸な結末を警告して戦争を回避させることができないだろうか。

 

 

母船の動力を全てイオンエンジンへ回そう。

 

 

マリに届くまで、命果てるまでくじらみたいに歌を歌おう。

 

今週のお題「私の流行語大賞」

 

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