物語はいつも不安定

SF小説が好きすぎて

今日も研究所の外は虹

できた。

 

 

シミュレーションの再開を操作すると上空から小さい水の粒がたくさん、数え切れ無いほどたくさんの水の粒が大地に降り注いだ。ちょっとやり過ぎたかもしれない。

 

 

細かい水の粒は大地に落ちて合流し、次第に大きさを増した。もう水の粒ではない。一ヶ所に集まった大量の水はこの星に生きる生き物を潤し、代謝を潤滑に促進し、生きるために不可欠な場所となるだろう。

 

 

この水の粒はなんと呼ばれるんだろう。願わくば美しくて呼びやすい、優しい名前になるといいのだけれど。

 

 

「所長、うまくいきました。でも一つだけ心配なことがあって」

 

 

「なんだね?」

 

 

所長がこっちを向いた。いつもの通り、厳しいけれどもどこか優しい目。それでも昔は今よりもっと優しい目をしていたように思う。

 

 

「上空から水の粒が降ってくるという仕組みはすごくいいと思うんです。これならいたるところに新鮮な水を十分に行き渡らせることができます。さすがです。ただ、」

 

 

 

「不自然過ぎじゃないですか?」

 

私は率直に思ったことを言葉にした。 

 

 

「どうしてそう思う?」

 

 

「どうしてって…空から水の粒がたくさん降ってくるんですよ?しかも突然。なんの予告も無いし…。たまにならいいんですけど、所長の仕組みだとけっこう頻繁に起きます。たぶんこの星が10回転もすれば2回か、多いと3回くらいこの水の粒が降ってくると思います。」

 

 

「うん…そうだね。君のシミュレーションは正しい。もし不自然だとして、何が起きるかな?」

 

 

「気づかれるんです。」

 

所長のヒゲが、興味深そうに動いた。

 

 

「このシミュレーションがうまくいってこの星に生命が生まれて、長い時間をかけて進化して、知的生命体が生まれたとすれば、気づくと思うんです。『おかしいな、どうしてこんなにうまいこと水の粒が落ちてくるんだろう。この世界は誰かが作ったんじゃないか』って。そしていつか気づくんです。自分たちが生きている世界がただの��æ‡åŒによる計算結果だってことに」

 

 

「確かに、もし君が言う通り知的生命体が生まれて長い時間かけて調べれば気づくことはできると思う。だがね、」

 

 

「その知的生命体は自分が生まれるよりも、はるかにはるかに長い時間この水の粒を受けて生きることになるんだ」

 

 

「きっとその知的生命体は自分を生み出してくれた世代も、そのまた上の世代もこの水の粒を受けて生きていることを知っている。それが『自然』になる。きっとこの星に生まれる生命体からすれば僕らの今見ているこの風景の方が不自然に見えるんじゃないかな」

 

 

思わずあたりを見渡すと、いつも通りの光景だった。色とりどりの��®ƒ¼が辺りを飛び交う。ふさふさのやつを一つ捕まえて撫でると「ぴゃあ」と鳴いた。かわいい。

 

 

「この風景がですか?こんなのすごい…『自然』じゃないですか?」

 

 

「もちろん。僕らはこの風景をずっと見てきているからね。」

 

 

「アタマでは所長の言っていることはわかるんですが、どうしても馴染めなくて…。ふと気づくと頭の上が暗くなってる。あっと思う間もなく細かな水が落ちてくる。しかも上からですよ!?濡れて湿っていたい個体にはとんでもなく嬉しいことですけど。そんなご都合主義的な設定をおかしいとは思わないんでしょうか」

 

 

「それに…この星のある島ではある時期それがずっと続くんです。毎日毎日水の粒が落ちてきます。この星が…30回転くらいする間」

 

 

「いいじゃないか。光が好きな個体も、水が好きな個体も気持ちが変わって楽しい気分になれる」

 

 

「問題はまだあります。この水の粒が落ちきった後、もし恒星がこの星に光を浴びせると、どうしても処理しきれない光の散乱が起きるんです。最悪のケースではその時だけ��æ‡åŒが処理落ちします。時間が飛んだりとか…生き物が消えたりとか…」

 

 

「…それは困るな。なんか別の画像に差し替えられないか。キレイな色でも表示させよう。いいじゃないか。ほら、この風景を一部切り取ってさ」

 

 

「そんな適当でいいんですか?」

 

 

「大丈夫だ。この星に生まれる生き物もきっと気に入ってくれるはずだ。水の粒が光を浴びてきらめいてる。半円形の光の帯。全ての色が含まれる光の帯」

 

 

「こんな普通の景色なのに、そんなものかなあ?」

 

 

所長は少しだけ優しくなった目でこちらを見つめなおした。しっぽもちょっと嬉しそうにゆれた。

 

 

「いいかい。我々がどんなに突拍子もない設定を組み込んだとしても、この星に生まれる知的生命体はそれを精一杯知覚して、理解して、説明しきるよ。『うーん、なんだろうこの水の粒は。どうしてこんな粒が降ってくるんだろう?そうだ!きっと上空で溶けていられなくなった水分が姿を表すんだ!』とかね。」

 

 

「知的生命体という存在は情報を集めて、整理するのが好きなんだ。好きなんてレベルじゃない。そうしないと生きていけないんだ。個体としても、種としても。最後にはどんな生き物の目的でも知りたい、に行き着く。それはもちろん、僕らも同じだろう?」

 

 

所長の言っていることは正しい。

 

 

私たちも知りたいことが多すぎる。だからこそこの壮大なシミュレーションを行おうとしている。私たちが知りたいという気持ちだけで考える生命を生み出す。そんな試みはこの星に生まれる生き物からすれば残酷かもしれない。「どうして我々を作ったんだ!どうしてこんな世界にしたんだ!」って怒られたらなんていえばいいんだろう?もしかすると��w�x�yなんていう風に呼ばれたりもするのだろうか?

 

私たちが作ったこの世界はただ生き続けるのは少しだけ辛いように設定してある。たくさんの喜びもあるけれど、たくさんの悲しみもあるだろう。毎日がひたすら幸せなものに設定してやることもできたんだけど。

 

 

私はさっき捕まえた��®ƒ¼を丸めたり伸ばしたりしながら考える。「ぴゃあ!」かわいい。

 

 

しかし、毎日が安心と平穏なだけの単調な繰り返しになれば、「幸せ」に満ち足りた毎日だったら、それでは生き物は「タフ」にはなれなかったのだ。既に廃棄されたバージョンでは��w�みたいな生き物がただただ数を増すばかりで、自分で考える生き物は最後まで出現しなかった。

 

 

タフでない生き物には私たちの知りたいことは見つけられない。

 

個体としても、種としてもタフになる必要がある。そして皮肉なことに、タフになるためには「幸せじゃないこと」がどうしても必要だったのだ。

 

 

 

私たちには時間がない。

 

 

「---さん、��æ‡ååŒのリソースが減ってきた。もう本番機を実行しなくてはいけない」

 

 

「まだまだ決めないといけないことがたくさんあるのに…」

 

 

「大丈夫。このバージョンはそこが肝なんだ。この世界には決めていないところをたくさん残してある。だからこの世界に生まれる知的生命体が思った通りに世界は定められる。強い意志と知性がこの世界を形作る」

 

 

 

この星に生まれる知的生命体が『発見した通りの世界になる』それはとても斬新な考えだったが、きっとうまくいくはずだ。この星に生まれる生き物はその仕組みに気付くだろうか? 

 

 

 

 

あわよくばこのちっぽけな星に生まれた生命体が、私たちのには思いもつかなかったアイディアを見せてくれればいいと思う。どんな存在にだって意味がある。そのことを証明してくれればいいと思う。そうすれば私たちの世界が陥った袋小路を救えるかもしれない。 

 

 

私は自分の見ている光景から一部分だけ、とても美しく整った半円形の形を切り取った。私の作ったささやかな贈り物がよい意味を持つように願いながら、この水の粒が止むとこの画像が表示されるように設定する。そのおかげで占有処理容量は76%から18%まで低下した。

 

 

私はこの光の帯を掲げる知的生命体の姿を想像してひとりほくそ笑む。多様性のシンボルみたいになったりして。

 

 

私は��®ƒ¼を優しく抱きしめた。「ぴゃあぴゃあ!」かわいい。そしてこのシミュレーションを本番機に乗せて、実行した。

 

 

今週のお題「梅雨の風景」

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