物語はいつも不安定

SF小説が好きすぎて

いつまでも南の島で

きれいなペンションだった。

 

「うおー!何これ!すごいリアルだねー!」

 

隣で真理が歓声をあげた。本当だ。すごいリアルだ。しゃがんで砂を握ると一粒一粒がさらさらと崩れた。本物みたいだ。湿った塩の香りと波の音で海までの距離がわかる。

 

「早く入ろうよ!あ、もしかしてもう怖い?大丈夫!オープニング終わるまでは誰も死なないから」

 

真理はさらっと怖いことを口にした。僕はこう見えても見た目通りけっこうな"ビビリ"だ。真理から誘われなければ絶対にこんなの参加しなかった。

 

「よし、行くか!」

 

変に大きい声が出て、僕たちはペンションに向かって歩き出す。

 

 

急に風が強くなってきた。今夜は嵐になるだろう。なぜってそう、設定されているからだ。 

 

 

Virtual Insanity社が世界の度肝を抜いたスーツを開発して3年。仮想現実はゲームという形で僕らの前に現れた。それまでバーチャルのキレイな景色を見るヘルメットだったのが、全身を穏やかに包むカプセルにくるまれて、五感全てをリアルに再現する大型マシンが世界大都市に設置されたのだ。

 

遠隔充電を実現して充電コードが無くなったのは僕が高校生だった頃の話だ。その技術は生体工学と見事に融合し、脳の特定部位に遠くから電気信号を送る技術を生み出した。首の後ろに貼ったピップエレキバンみたいなシートがこのペンションを表示しているかと思うとため息もでる。

 

僕たちの体はトーキョーのお台場で横たわっているけど意識は南の島にやってきた。昔のゲームはコントローラーってのがあったのを今の小学生は知らないんじゃなかろうか。

 

 

未来は突然やってくるのだ。

 

 

「こんにちわ〜」

 

 

「いらっしゃいませ。ご予約の、、---様ですね」

 

 

腕いっぱいに薪を抱えた壮年の男性がこちらに笑顔を向けた。うーん、このいかにもなペンション感溢れるオーナー。素晴らしい。殺人鬼が活躍するには理想的な環境かもしれない。

 

 

「はじめまして。もうみなさん着いてるんですか?」

 

 

真理は勝手知ったるわが家という感じで打ち解け始める。相手がプログラムだとわかっていてもきちんと対応するのはエラいなと思う。

 

「お、もしかして君はここに来るのは初めてじゃないな?みなさん着いてますよ。もう少ししたら夕食です。お部屋にご案内しましょう」

 

もうさすがに驚かなくなっていたが、会話はとてもスムーズに成立していた。説明によると仮想人格とはいえ本当に実在する人間から膨大な心理テストを元に作られたらしい。とてもリアルだ。しかし、

 

死ぬ間際の反応なんてどうやって取るんだろう?

 

 

「お部屋楽しみだね!」

 

 

「そう?どうせ泊まるわけじゃないでしょ?」

 

 

「そんなことないよ。話の流れによっては寝ることもあるし、推理はもう始まってるんだよ!」

 

真理は本当に嬉しそうだ。僕はといえば、窓とかドアとかもうなんか全てが怖い。斧を持ってこっちを見てる人間がいないかちらちら見てしまう。もちろん被害者にはならないはずだが、よくもまあこんなゲームが作られたものだ。

 

 

「あー、とりあえずホッとしたね。ねえ、このお風呂のドア開けて死体とかあったらどうする?ねえ?」

 

 

「ちょっと待って真理。ホントやめて。俺今のでもうお風呂いけなくなってるから」

 

 

「それはごめん。相変わらず怖がりだね!事件が起きるのは夕食後だから大丈夫だって!ゲームブックちゃんと読んでないの?」

 

 

「そういう問題じゃなくてさ…」

 

 

と、そのとき部屋が突然暗くなり、ペンションに置かれたテレビが急についた。もうやだ、こういう演出ホント怖い。このゲームの開発者はドSでサイコパスでキモオタで天才だ絶対。

 

ジャーン!ビャーン!ドーン!

 

「嵐に閉じ込められた孤島で血まみれの惨殺事件!」と書かれた新聞が表示された。二頭身にデフォルメされたアイスホッケーのマスクを付けた殺人鬼が画面に現れる。悪趣味なアメリカンコミックを思い出した。

 

「血塗られた孤島β版へようこそ!ナビゲーターの殺人鬼、ジェイソンくんです!」

 

意外にもアニメのキャラクターのような高い声でしゃべり初めたジェイソンくんは少しだけ僕の心を癒してくれた。

 

「二人にはこれからこのオシャレでステキなペンションで一晩過ごしていただきます!たっぷり海で遊んだ後はおいしいご飯とお酒でゆっくり…と、思いきや!なんとアンラッキー!二人は憎悪と狂気たっぷりの惨劇に遭遇してしまうのです!」

 

 

いつかはあるだろうと思ってはいたが仮想現実で殺人事件の謎解きを楽しもうという新作は良くも悪くも大変な話題になった。記念すべき第一作は嵐で閉じ込められた南の島のペンションで起こる殺人事件に巻き込まれるというものだ。

 

僕と真理は研究分野でちょこっと関わりがあったのが理由で大変な倍率の参加モニターチケットをまんまともらってこの世界へやってきた。ゲームを愛してきた僕としてはこれがホラーでなかったらもっと幸せだったのに…。

 

 

「お二人はこれから気の赴くままに過ごしてもらって結構です。何か気づいたり、見つけたものは自動的にこちらで記録していきます。いくつか途中でチェックポイントがありますので、そのときに現れる選択肢から自分の進みたい道を選んでください!

 

ですが、そのときまでに手がかりが足りないと表示されない選択肢もあるので、がんばって推理していきましょう!見事犯人を当てることができるかな!?もし当てられなかった場合は……」

 

 

おい、当てられなかったらどうなるんだ。

 

 

バシャッ!

 

 

「おっと!それではそろそろ夕食の時間のようですね!オープニングはここまでです。なんだか雨も強くなってきたように思いませんか?今日の天気は一晩中嵐!それでは!たっぷり楽しんでいってください!」

 

 

返り血にまみれたジェイソンくんの口の中に吸い込まれるように動画は終わった。もうやだ。お家帰りたい。

 

 

「真理。ちょっともうお家帰りたいよ」

 

 

「うそ、めっちゃおもしろいじゃん。ちゃんと楽しまないと損だよ!ほら、部屋とか調べたほうがいんじゃない?」

 

 

部屋の窓の鍵や引き出し、バスタブなんかを調べても変わったところは何も無かった。

 

しばらくして視界が暗くなって選択肢が表示されたが、そこには

 

▶夕食へ参加する

 

しか無かった。

 

 

 

・・・

 

 

きちんと味がする夕食は和やかに終わった。小さい男の子を連れた若い夫婦、同じ会社のOL三人組。写真家の若い男。泊まりこみでアルバイトをしている元気そうな女の子がみんなにドリンクを注いでくれた。

 

このゲームの同時プレイ人数は2人までだから僕と真理以外はプログラムなはずなのだが、とても流暢な会話は彼らがうまく書かれたコード通りに反応していることを忘れさせてくれる。

 

ビールはとてもビールの味がしたし、少しだけふらつく感覚も与えてくれるらしい。このゲームは空前の大ヒットを記録するだろう。

 

 

とてもなんというか、落ち着いてしまった僕は惨劇が起きることを忘れてリラックスしてきていた。ビールを飲み過ぎたのもよかったのかもしれない。

 

 

その頃には誰が殺されてしまうのか、とか、誰が犯人なのか、とか、どうやって殺されるんだろう、とか想像する余裕もできてきたように思う。

 

そして、事件が起こる。

 

 

ヒューズが飛んだような音とともに館内の電気が全て消えた。ブレーカーが落ちたようだ。オーナーの声が響く。

 

 

「どうやら嵐で電気系統が故障してしまったのかもしれません。復旧してきますので少々お待ちください」

 

 

ざわめく食堂であったがろうそくの明かりがあったのが幸いであった。トイレから戻った真理が囁いた。

 

 

「ちょっと怖いね」

 

 

そしてしばらくたって電気が戻った時、一斉に館中の家電製品が息を吹き返した。電源の入ったDVDプレーヤが、中にセットされていたであろうDVDを再生したのである。

 

 

録画されたニュース番組のようだ。男性アナウンサーが画面に映り、ちぐはぐな音声に吹きかえられたナレーションが不吉なセリフを告げた。

 

 

「こここここんややや、10じじじに、だれかかかかがしぬぬぬ、とのニュースをお伝えします。今夜、嵐で交通不能になっていた---島で、無残にも殺される人がこの中に紛れていました。被害者の名前は、」

 

 

 

ここで映像は終わっていた。食堂全体が凍りついたが、そこへ帰ってきたオーナーが困ったような笑顔を浮かべる。

 

 

「あぁ、これは前にこの場所でやったドラマの撮影小道具なんです。すみません、入ったままになってました」 

 

 

後味の悪さを必死に取り繕った後、このDVDが悪い冗談として片付けられ、嵐で通信が途絶えたところで夕食会はお開きとなった。

 

 

 

ここで別行動となるようだ。真理に選択肢が現れているらしい。こちらに小さく手を振って部屋へ戻るところを見ると風呂へ向かうのか。

 

僕に表示された選択肢は穏当なものばかりであった。僕はペンションの主人と過ごす時間を選んだが、一人が怖かったわけではない。決してそんなことはないのだ。

 

▶ペンションの主人と話す

 風呂に入る

 部屋に帰る

 

 

・・・

 

 

ペンションの主人はチェスが好きらしい。二人で西洋将棋を指しながら宿泊客についての話を聞く。

 

 

「…と、いうわけであの経営者はやり手だね。だいぶ後ろ暗いこともしているようだが」

 

 

「誰かに恨まれているなんてこともあるんでしょうかねえ」

 

 

この時のチェスのことは今でも忘れない。世界はこの時を境にまるっきり変わってしまった。対局が始まってからしばらくして、オーナーは口で談笑を続けながら傍にあった紙に何事か書き付け初めたのだ。

 

 

"このまま会話を続けて 読んで返事を書いて 声に出してはいけない 一緒にいる彼女はこのゲームに参加するのは初めて?"

 

 

それまで和やかな会話をしていたオーナーとは思えない内容だった。僕は面食らいながら頭をフル回転させる。

 

 

何かが始まったのだ。

 

 

「あの東京から来た親子も珍しいね」

 

 

「そうなんですか。普通の親子に見えましたけど」

 

 

"はい 前に一度やったらしいです どうしてこんな必要が?"

 

 

"このゲームには二回目以降だけ シークレット・モードという選択ができる"

 

 

僕の質問は無視される。 

 

 

「どうも家族旅行で泳ぎにきたという雰囲気でもないんだよ。こんなにキレイな海なのにねえ。ポーンを進めるよ」

 

 

「それは不思議ですね。こちらもポーンで合わせます」

 

 

 "? どんなモードなんですか?"  

 

 

"シークレット・モードではユーザが 犯人 を選べる"

 

 

「えっ!?」

 

 

思わず声が出た。

 

 

"そんな馬鹿な!このリアルさで彼女が殺人をするっていうんですか!?"

 

 

"そうだ。もし、彼女が選んでいれば"

 

 

「そういう家族も今はいるのかなあ。せっかくいつもの現実を離れて山に来たんだからねえ。ここでキャスリングをしよう」

 

 

「手堅いですね。しかしどうしてあの人達について詳しいんですか?」

 

 

"信じられません。どうしてそれがわかるんですか?"

 

 

 

"私は、プログラムじゃない"

 

 

"私はかつて君と同じ参加者"

 

 

"だった"

 

 

「彼らは何度も何度もここに来ているんだよ。懐かしいなあ。まだ結婚もしていなかったし子どももいなかった。チェック」

 

 

「クイーンでかばいます。そんな関係なんですか」

 

 

 

僕は適当にコマを動かしながら紙に書きなぐった。 

 

 

"? どういうことですか" 

 

 

「ここが勝負どころだね。少し考えてもいいかい」

 

 

"このゲームは演者を募集中 開発が終わって増えていくユーザの選択肢に応じてかぎりなくたくさんシナリオが必要 出てくるキャラクタは実在の人物をコピーしたものだ リアルだからね 君の意識、行動は今も記録されている もし君がこのゲームに必要なよいキャラクタと判断されれば 君はこのゲームの出演者になる"

 

 

"私のように"

 

 

"意識が記録? どうなるんですか?"

 

 

「どうですか?チェックメイトまでありますか?」

 

 

「チェスには本来運という要素はないんだが、これはもうわからないね」

 

 

 

"外の社会的には何もない 私という人間も外の世界で無事生活しているはずだ しかし ゲーム終了後 私の意識は ゲームの方で 目覚めた"

 

 

"私の魂というか、意識はこのゲーム内で再生された"

 

 

"外の世界でめざめる君 ゲームの中でめざめる君 にぶんのいちの確率で君はこちらの人間になる"

 

 

"くればわかる"

 

 

僕はこの時点でとっさにゲーム終了ボタンを探したが、どうしてもアイコンが見つからなかった。途中で無くなったような気もするし、最初からそんなものなかったような気もする。

 

 

「なにかいい手はないですかね」

 

 

「うーん僕もいろいろ試してるんだけどねえ」 

 

 

"どうすれば"

 

 

オーナーはすごい勢いで文章を書きなぐる。

 

 

"私の本体?はこのことに気づいていないはずだ。自分の分身が未来永劫ゲームの中でいつまでも殺されていることを彼、いや、外の私は知らない"

 

 

"私の名前は---。このゲームの関係者だ。君はこのことを現実に帰って社会に伝えて欲しい このゲームが未来永劫続く地獄につながっていると"

 

"ひとつ気になるのはシークレットモードの存"

 

 

そのとき、お風呂場の方から悲鳴が聞こえた。

 

今週のお題「ゲーム大好き」

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