物語はいつも不安定

SF小説が好きすぎて

雨の日には図書館へ

雨の日に図書館なんていくもんじゃない。と35度目の後悔をしながら階段を上った。

 

休日に何の予定もない日は、といってもたいてい無いのだけれど、図書館へ行く。家の近くにある図書館は2フロアしかなくて、子供の読み聞かせに一番大きな部屋が使われているような図書館だ。それも悪くはないのだが、長い時間が空いた日に僕が行くのは国会図書館だ。

 

国会図書館にはこれまで世に出た書物が全て、文字通り全て所蔵されている。本に書かれているコードは一冊一冊固有のものだから、その番号がきちんと埋まるよう国会図書館には莫大なスペースが取られてあるのだ。

 

僕の好きな動物法医学研究書のスペースにもたくさんの本が収められているのだが、いかんせん動物法医学研究に関心のある人は少ないからか一つ下のフロアの隅の方に追いやられる。

 

『馬とユニコーンの安楽死』『古代トルコの獣医書簡』『どうして不死鳥は死なないのか』といった本はとてもおもしろいのだが他の人にはそうでもないらしい。書物を取り出すと埃のあとがくっきりと見てとれた。たっぷりと充電してあるMP3プレーヤーのイヤフォンを耳に取り付けるとエリック・サティの全集が始まった。

 

雨の日は来る途中にあるカフェでサンドイッチが50円だけ安くなる。なので僕は家で淹れてきたとびきり熱くて香りの強いコーヒーポットを持って、カツサンドとハムたまごサンドを買ってここへやってきた。まだ10時になったばかりで人影もまばらだ。僕は目の前に茫漠と広がる時間の荒野を感じて嬉しくなった。今日は何冊読めるだろう?

 

 

・・・

 

顔を上げると3時を回っていた。ハムたまごサンドは3時に食べようと決めてカツサンドに取り掛かった。やわらかなパンにはたっぷりのバターが塗られている。じわっと広がるトンカツソースの味で、僕は自分が空腹だったことに気付かされた。

 

そのとき、

 

周囲の様子がおかしいことに気づいた。雨の日の図書館はもっと混雑してもいいはずだ。いくら古動物法医学研究が人気のないところにあるからって見渡す限り誰もいないのはおかしい。それに、なんだかあたりが暗い。ぼってりとした雲がビルを押し流すような雨を叩きつけていた。さっきまで小雨じゃなかっただろうか?

 

僕は大きく伸びをすると入り口のフロアへ向かった。

 

そして慣れ親しんだアルミの階段ではなくて、大きくて重い鉄の扉を左右に一枚ずつ見つけることとなる。

 

こんなに立派な扉が、と感心したくなる素晴らしいドアだった。細部には彫刻が施され、何か閉じ込めることもできそうだ。しかし下の階へ降りられる階段はあちら側だ。とすると閉じ込められているのは僕の方なのかもしれない。しかし、いったいどうしてそんなことになっているんだろう?

 

そのとき建物全部を揺るがすような雷鳴がすぐ近くから響き渡った。嵐の日に早く閉館するようなこともあるかもしれない。そして点検するべきスタッフは早く帰りたくて少しばかりずさんなチェックをしたのだ。熱心に古動物法医学研究書のコーナーでエリックサティに聞き入っている僕がいたことに気づかなかったということだ。

 

さて困った。こんなに手間のかかる扉を閉めているのでスタッフがいるのは期待できなそうだ。館内の電話を試してみて、それがダメなら僕の電話で施設にかけるしかないだろう。

 

しかしこの広大な国立図書館の地上6階のフロアに僕一人とは!こんな非日常事態はもうないかもしれない。僕は少しだけワクワクした。携帯電話の充電が切れていることに気づくまでは。

 

 

・・・

 

こうなったらフロア内に内線があることを期待するか、最悪の場合火災報知器を押して誰かに気づいてもらうしかない。さてこの場合こちらにも非はあるのだろうか?この後対処しなくてはならない手続きを想像するとうんざりした。そして館内に一つの内線電話もないどころか火災報知器もないことに気づくまで必死にフロアを歩き回った。立派な消火器が見つかった。

 

こういうときには落ち着くことが肝要だ。席に戻ってコーヒーを注ぐとこぽこぽと小気味良い音を立てた。

 

最悪のケースだと明日の朝までこのままかもしれない。まだ4時。幸いトイレがあるのはありがたかった。仮にトイレットペーパーが切れても本ならたくさんあるから紙の心配は当分大丈夫だ。

 

しかし一度腹が座ると途端に腹が立ってくる。何が悲しくて僕は気持ちのいい土曜日を国会図書館の先っぽで過ごさなければならないのか。

 

嫌だ。僕にだって予定があるのだ。しかし特に合わなければいけない相手もいなければ電話する相手もいなかった。だから肝心なときに充電が切れるようになっているのだ。

 

何はともあれ僕はここを出る。いくらなんでも扉を一つ閉めれば密室のできあがりなんてそんな建築物は違法に決まっているのだ。火事が起きたらどうするんだ。そして、

 

 

上り階段を見つけた。

 

おかしい。国会図書館に2年間も通っている僕が言うのだから間違いない。地上6階が最上階だし、こんなに立派な木製の階段は見たことがない。

 

見上げると地上7階も書架のようだ。

 

どうせ他にやることもないのだ。上で非常階段でもなんでも見つけられればよい。建物は知らぬ間に増改築しているものだ。僕は上ることにした。そしてどうして雨の日に図書館になんて来たんだろう、と大きなため息をついた。慰めてくれる人はいなかった。

 

国会図書館の地上7階は奇妙なほど広かった。フロアの見取り図は紙が黄ばんで読むのに目をこらす必要がある。

 

「字を読む意味」

「数字の感覚今昔」

 

そんな奇妙奇天烈なジャンル聞いたこともない。近くにあった本を手に取ると、「どうしてあなたにはこの本が読めないのか?」と書いてある。なんというフロアだ。どうしてこんなフロアがあるんだ。もう帰ろうか。

 

そして非常階段を探していた僕は代わりに女の子の後ろ姿を見つけることとなる。

 

今週のお題「雨の日が楽しくなる方法」

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