物語はいつも不安定

SF小説が好きすぎて

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 例えばある南の島でひと夏の休みを楽しもうと、7人くらいの男女が集まったとしましょう。

 

 

 

5人が3部屋に宿泊するペンションが一つだけ。それだけの南の島です。

 

 

 

あとはほら、自然がたくさんあって他には何にもない、っていうのが逆に良くって、それでいて海の見える大浴場とかあって、すごく高いペンションなんです。

 

 

ただ、どうしてもこの時期の南の島って、台風が来ちゃうとすごく残念。

 

 

その日、9月10日金曜日の午後には風が強くなって、風速40mを記録。夜にはすごい嵐になりました。

 

 

同じ頃本島でも1時間に100mmを記録する雨なんだから、この島も洗面器をひっくり返したくらいの猛烈な大雨だったろうと思います。

 

 

嵐には慣れっこな島だったので備蓄とかは十分でした。簡単な発電機もあるし、電気と水道は特に問題ありません。

 

 

でも、9月13日の月曜日になってもお客さんの渡し船がやって来ないもんだから、本島からさすがに何かあったんじゃないかって地元の人が船を出して、そしたらその島はとってもひどい有様で、島の至る所から死体が見つかって、それは全部で6体分でした。

 

 

突然とんでもない騒ぎになって、この小さな島に数十人、いえ、百人を超える捜査員が派遣されて、毎日毎日犠牲者と犯人をめぐる容赦のない憶測と邪推と根も葉もない記事が展開されて、それはそれは……ひどかった。

 

 

犯人は誰なのか?

 

犯行の動機は?

 

 

ほとんどの記事と、それから警察の捜査も死体の見つかっていなかった男性客の犯行だということで進んでいましたし、残りの6体の死体は他殺体の様相でしたから、それなりに根拠があったんです。

 

 

しかしそれも、事件が明るみに出てから5日後の9月18日に、身元不明の男性の遺体が見つかったことで急展開を迎えました。

 

 

つまり、この島で見つかったのは殺された人ばかりだったことがわかりました。

 

 

とすれば誰がこの7人の方の命を奪ったのでしょう。

 

 

9月の嵐の晩に一体何があったのでしょう。

 

 

台風一過でうだるような暑さの週末の二日間に、何があったのでしょう。

 

 

手がかりはこの7名の方の遺体だけですが、遺体だけあればいろんなことがわかりますから。

 

 

ここで少し私たちの研究に関する説明をすることをお許しくださいませ。

 

 

私たちの研究は脳、特に記憶に関する部分です。

 

 

記憶は特定の神経細胞の発火のパターンだと知られています。赤い色彩に反応する神経細胞と、丸い球体に反応する神経細胞と、甘い味に反応する神経細胞、爽やかな香りに関する神経細胞、それらが渾然となって発火するパターンが、例えばリンゴを形成するのです。

 

そしてもう一つ、こうした発火のパターンは個人差が無いものも多いんです。

 

 

特に日本人、特に女性、特に40代、特に高所得者、なんて網をかけていけば、りんごに対する反応、海の風に対する反応、包丁に対する反応、9月に対する反応、9月10日に対する反応は、既に十分な被験者のデータによって集まっていました。

 

そして、これが肝心なところなのですが、そうした記憶は、物理的なものとして海馬に保存されています。神経細胞は同時に発火すると互いの結びつきを強めます。特に自分が殺された時の神経細胞の発火はなおさらです。

 

 

前置きが長くなってしまって申し訳ありません。

 

わかりますか。

 

 

遺体の脳は見てるんです。聞いています。そして覚えているんです。

 

 

それぞれ6体分の殺された記憶が物理的に残っています。

 

 

頭部への損傷が致命傷になった方もおられましたし、水死体で1週間も波間に浮かんでいた遺体は大したデータが取り出せませんでした。

 

 

それでも、6体分の共通した3日分の記憶ですから、それは十分な量であるように思われました。

 

 

その当時何が起こっていたのかを調べるには十分であるように思われました。