雨の日にはたくさんお金を使えない
雨の日は嫌いだ。
外はスズメなんかも叩き落とせそうなくらい土砂降りの雨だった。
昨日の夜はサラサラと音もなく降っていたくらいだったのに。
「爆弾みたい」
マリが隣で呟いた。歯磨きしながら外を眺めてる。
きっと考えてることは一緒なんだろう。
「ねえ、お金、どうする?」
やっぱり。
「とりあえず出かけてみようよ。何かあるよきっと」
「でも、こんな天気で、使い切れる?今日1日で、多分50万くらいだよ?」
「うん、俺もう昨日みたいな飯は食いたくないし、違う方法を考えよう」
AIが人間の仕事を奪い取ったのは僕のおじいちゃんがまだ子供の頃のことだった。
当時は人間の仕事が無くなって、路上にホームレスが溢れ出るなんていう不安でニュースが賑わっていたらしい。
ウケる。
いや、もちろんその頃の人たちも大真面目だったんだろうし、人間の歴史ってのは後から見たら牛乳吹き出しちゃうような喜劇と悲劇でたっぷりだから仕方ない。
もちろんAIと機械革命は仕事を奪い取ったけれど、間髪入れず人類に十分過ぎるほどの衣食住を与えてくれた。
というより、押し付けられた。
始めは嬉しかったっておじいちゃんも言ってて、僕は全然信じられなかったんだけど、昔は本当にお金が欲しくて仕方がない時代があったらしい。資本主義、という奴だ。
お金が欲しくて人を殺したりするなんて、今と全く逆じゃないか!
その頃から徐々に食料はあまり始めていたらしいけれど、お金が大事だっていう幻想を維持することで何とかやっていたくらいだから、始めてAIの生産力の飛躍的な増大がお金の給付、という形で手渡された時に人類は涙したんだそうな。
ああ、これで働かなくて済む、ってね。
ところがどっこいそうは問屋が卸さない。
本当はお金なんてそんなにみんないらなかったことが、やっとその時になって初めてわかった。いや、むしろ気づく人はたくさんいたんだけど、ついにバレた。
お金なんてそんなにいらなかったのだ。
君がお餅を突然いらない、て言ってもお餅屋さんは困らないだろうが、人類が突然お餅を食べなくなったらお餅屋さんはどうする?
え?廃業すればいいって?
バカ言わないでよ。だってさ、君がお餅食べたいっていうからお餅屋さん作ったんだよ。お餅屋さん作るのに何百年もかけたんだよ。今更いらないなんて言わないでよ。
というわけで、全人類が突然有り余る生産力を足りない欲望で何とか消費し切らなきゃいけないなんてハメに陥った。一斉に。ほぼ突然に。
それは例えばおじいちゃんになってもうチ○コが立たなくなった頃にモテまくるようなもんだ。いや、下品な例えで申し訳ない。でもまあ、要するに、わかるだろ?
しかも使い切らないと全世界の経済が窒息して死ぬときたもんだ。
すべての物がタダみたいな値段で手に入るのに使い続けなければいけない、というのは苦行だった。今ではそれが労働みたいなものだ。
鼻先に突きつけられるといらないなんていうから人類って勝手なもんですよね。なんかすんません。
AIには申し訳ないというしかないけれど、彼らも良かれと思ってやってるし。いやすごいよ彼らの生産力は。賢い。ホント賢い賢すぎ。
朝起きると今日は何にお金を使おう。夜寝る前は明日どうやってお金使おう。
まだこんなに残ってる…でも使わなかったら…
お金を使わなければ。
乏しくなった欲望で。
立たなくなったチンコで。
じゃないと君はそこにいる裸の美女に殺されちゃうんだぜ?
なので今日僕とマリは一日で50万円使わないといけないハメになった。月末だから。
でも、「値段が高い物」なんてもうそんなにないんだ。
だってみんなが十分に同じお金を持ってる中で、どうやって需要が高まる?持ってたらバカにされるんだよ。そんな中でどうやって優越感を得ればいいだろう。
僕たちは物差しがなくっちゃダメだったんだよ。なんでもいいから。
トボトボとレザーのレインジャケットを羽織って2人して美しい街並みに出る。
雨に打たれながらマリがこっちに叫んだ。
「ねえ、適当にお店に入ってバッグとか買おうよ」
「で、前みたいにお店出て捨てる?俺もうそれやだよ。だいたいそれでも1万円くらいだろ」
「そんなこと言ってるから50万円も溜まっちゃうんじゃない」
「そんなこと言うなって。何とか使い道考えるからさ」
晴れの日はまだいい。
たまに人間が古代の楽器を弾いたりしてたらその目の前にポンと放り込んだりしてね。先月はそれで乗り切った。振り向かずに走ったからその後どうなったかはわからないけども。
「ねえ、でもさー、世の中にはまだお金たくさん使える人もいるわけでしょ。あれってどうやってんのかな」
「知らないけど、なんかうまいやり方があるんだよ。知らない間に他の人にこっそり払いつけるんだって。俺らもセミナーとか出てみる?」
「やっぱり頭いい人って、いつの時代もいるもんだねー」
こんな雨の日に外に出てきたのは間違いだったかもしれない。誰もいないし、ぷらぷら歩いても消費させてくれる場所じゃない。
やっぱり屋内アミューズメントとかでとにかく遊べばよかったのだ。値段の高いジョイントをずっとやってれば2人で20万円くらいは行ったと思う。まあでもマリはいやがるだろうけど。
あー、自分のセンスのなさを恨む。
「ねえ、コータ。もしかしてまた、自分のお金使う才能がないなあとか思ってるんでしょ」
「そうだよ。マリももっとお金使えるやつと付き合ったらこんな雨に打たれなくてよかったんじゃないかなとか思ったよ」
「またそういうこと言う。あたしはコータのそう言うところもちょっと好きだけどなー」
「なんで今ちょっとってつけちゃったよ」
「いっひっひ」
マリはけっこう楽しそうだ。
「ねえ、今日お金余っちゃったらあたしたちどうなっちゃうのかな」
「悪質って判断されたらヤバイけど。俺ら先月もじゃん?不適格まではいかないけどちょっと危ないっちゃあ危ないよね」
「デリートあるかな?」
「あるでしょ。そんなの考えたくもないよ」
「でもあたしはさー、正直デリートされてもいいんじゃないかなって思うんだよね」
「そんなこと言うなよなー。俺が一生懸命このお金の使い道を考えてるって言うのに」
「あたしは真面目だよコータくん」
マリが立ち止まって大きな黒い目でこっちを見てる。
彼女は整形はしてないって言うけど、きっと本当だと僕はまた思う。
「コータも前に言ってたじゃん。俺ホントは本とか読むの好きなんだって。あたしもだよ。こんな雨の日は水を沸かして飲むの。で、自分で植えた野菜とかに雨が当たるのを見るの。ああ、嬉しいなあとかって。で、自分で詩とか書くの。消費するのはもうこりごりだよ。私には合ってない。コータくんにも私の詩を読んでもらうんだ。外で怪我するのもいいよ。きっとまだある。あたしたちが変なことできる世界が」
「マリ、それマジで言ってる?」
「めっっっちゃマジ」
マリは変なポーズを決めた。で、飛び出した手と足が雨に濡れた。
マリの手に通貨カードが握られてて、彼女はそれを半分に折り曲げる。
すっごい変な顔で。
僕はそれ見て笑っちゃう。
「行こう」
今週のお題「雨の日の過ごし方」