物語はいつも不安定

SF小説が好きすぎて

とっておきのオーダーメイド・スーツ

スーツを仕立てたのは初めてで。

 

 

 

僕は今22歳で、お店は姉が紹介してくれた。社会人になるならオーダーするっしょ!なんつってノセられたのだ。

 

 

4つ上の姉が言うには、僕の入る会社は「お硬い風土」だからスーツは素材で勝負なのよ!なんていって。紹介してくれたお店はとても高そうだった。

 

 

"来週の土曜、10時にここに行くように!(^^)"

 

 

僕はなんだか妙に緊張して

サイズを測るのに邪魔にならないような服を着ないと、とか、

スーツに合う髪型にしないと、とか、

彼女を連れて行っていいものだろうか、とか、

いろんなことを考えて(結局ついてきた)

 

9:30にはお店の前についてしまってやっぱ凍えそうに寒い。

 

 

彼女が寒くて死にそう!というから近くにあったカフェに飛び込むと、今どき珍しい木の感じでとても暖かいカフェだった。高級なお店のそばにはステキなカフェ。これはどんな地域でも変わらないんですね。

 

 

土曜日は始まったばかりで、僕は最後の学生生活を全身に浴びていて、冷えた指にカフェオレがあったかくて、彼女はよく笑っていた。

 

静かなカフェに彼女の実家の猫の話が音楽みたいに響いて心地よい週末だった。

 

 

時間になってお店へ向かうと、シックな身なりをした初老の男性が出迎えてくれる。

 

 

「◯◯様ですね。お待ちしておりました」

 

服のお店に名前で呼ばれたのは初めてで、彼女も僕もビビりながらお店へ入る。こじんまりとしたお店は明らかに僕ら専用の時間になっていた。

 

 

「スーツのお仕立ては初めてでいらっしゃいますか?」

 

 

ワカタさん、と名乗るそのおじ様はとても丁寧に素材から教えてくれた。

 

まずは生地。

 

 

ウールにシルク、コットンから、断熱プラスチックにチタン、合繊と、素材の間に挟むことでどのように保温してきたか、スーツの歴史を事細かに教えてくれた。

 

 

チタンにカーボンナノチューブを織り交ぜることでどんな風合いが出るのか。

スーツの歴史が熱処理の歴史であったこと。

だけどそれは熱を保つのではなくて、熱をいかに逃すかに工夫がされていること。

 

 

柄は、光沢と華美さとのバランス。無地かストライプか、それともチェック?目立つ色もあるのだが、基本は白らしい。白は有害な太陽線を反射して守ってくれるんだそうな。

 

 

仕事柄あまり派手なものは、と伝えるとそれでは素材で勝負しましょう、とチタン合金地にとてもキメ細かな強化プラスチックのファイバーラインがさり気なく入った生地を選んだ。

 

 

「見栄えも大事ですがやはり命を守るものです。最近ではあまり流行らない考え方みたいですが」

 

としゃべるワカタさんは少し寂しそうだ。そして裏地。

 

裏地の色は男の内面である、とはワカタさんの哲学で、僕もなんだかそんな気になってきた。

 

クールな光沢のあるブルーにするか、情熱的なワインレッドで熱を持たせるか、鉛の分厚い繊維は宇宙線から僕の体全体を守ってくれる。

 

大気圏に守られていない場所では裏地がなければ被爆も同然なのだ。このときばかりは太陽が恨めしい。

 

 

「何色が良いと思う?」

 

 

僕が彼女に聞くと、彼女はボタンを何にするか迷っていた。あんなに生地を興味深そうにふんふんと触っていたのに裏地は興味が無いんだって。やっぱ男の美学なのか…

 

ボタンは貝殻かオーク材、ひとつひとつ模様が違っててあれこれ見るのが楽しいけど、なんといってもはめやすいかどうかだ。

 

 

どうしたって真空状態では気圧の関係でグローブがパンパンに膨れ上がる。ワカタさんによれば昔は簡単な工事のときにもものすごい握力が必要だったらしい。

 

 

最後に採寸。

 

 

「若いですし細身のお体ですので絞ったほうがよくお似合いになりますよ」

との言葉に嬉しくなっていると、

 「太ったらどうするの?」と彼女からキツイツッコミが入った。

 

 

 

それもそうだ。宇宙服なんてオーダーメイドで作れるタイミングはそうそうないのだから。

 

 

支払いの段になって、お姉様から全て頂いています、とのこと。なんてかっこいいお祝いなんだ!姉!

 

控えをもらって彼女と減圧ポッドに入り、真空状態になったことを確認して地表へ出た。

 

 

火星も少しずつ街らしくなってきたが、まだまだ大気は薄い。僕は新しいスペーススーツで仕事に行ける日が楽しみですごくワクワクしていたと思う。

 

 

「あ、ねえ、見てみて、ほらあそこ、地球があんなにキレイ」

 

 

彼女が地平線の向こうを指さした。

 

今週のお題「お気に入りの一着」

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