僕たちはかっこよくなりたい
カズヤの脚は思ったよりも悪かった。
"ごめん、どうしてこんなになるまでほっといたんだ、って怒られた笑"
笑、じゃねーよ。
深夜に受け取ったこのメッセージに、アキラもタケルも、もちろん僕も笑えなかった。
カズヤは僕らのチームにおける攻撃の要だけじゃなくて、精神的な支えでもあった。どんなに危険な状況でもカズヤは、
–––大丈夫、いけるよ。
という気持ちをまっすぐ伝えてくれて、それはいつも本当になった。だからここまでこれた。
"医者はなんて?"
タケルからソッコーで返信。
深夜2時なのに、あいつは(何か食いながら)ずっとカズヤからのメッセージを待ってたんだと思う。俺も人のこと言えないけど。
"とりあえず試合は出ちゃダメだって。でもテーピングでガチガチに固めて鎮痛剤飲めばいける"
そんなの許せるか、と思って返信を打とうとした時、
"ダメだよ。カズヤのこれからを考えたらそんなの見てらんねえよ"
アキラからの即レスが入った。
(ご丁寧に、めっちゃ心配してるネコのスタンプも飛んできた)
アキラは名前と見た目に反して誰よりも優しいやつだ。アキラがこんなに強くいうことなんてこれまで無かったんじゃねーかな。
僕は書きかけた返信を全部消してこんな風にみんな送った。
"カズヤがいなくても俺らで十分やれるよ。任しとけって!だって俺ら、"
"パソコン部だし"
瞬く間に既読が付いた。
そうだ。正直、俺らの大会に足首の状態は1ミリも関係ない。
カズヤの捻挫だって別に練習中にどうこうというわけではなくて家の階段でこけただけだったし。
基本座ってやるのがパソコン部だった。
地味な俺らのパソコン部。
"まあな"
カズヤが続ける。
"だけど、ほら、一回そういうのやりたかったんよ(^^)"
"じゃ、今日も始めようぜ。試合のシミュレーション、1時間で2本セットな\(^o^)/"
こうして僕達の最後の夏が始まった。
僕たちはパソコン部。
かっこよさとは無縁のパソコン部。
・・・
大会当日の朝。
この大会が終われば俺らは引退だった。大会が終わってそれぞれの道に進む前に、最後の悪あがきをしてみたい。
"いよいよだな"
"準備はいいか?"
"腕がなるぜ"
"なあ、カズヤは?"
"…"
"あいつにはまだ未来がある。こんなところで大事な選手生命を失っちまうわけにはいかねえだろ"
"いやそのくだり終わったからwwwあいつ元気だからwww"
みな口々にメッセージしてきたが、スカイプで4分割になった画面にカズヤの姿はなかった。
そう、全国パソコン部全国高校生選手権はオンライン上で行われるため特に集まらないのだ。タケルはコーラをラッパ飲みしている。ありゃ自宅だな。
"1回戦の相手は?"
"それがさ、マジビビったぜ"
"もしかしてそれって"
"そうなんだよ"
"聖ローザンヌ帝国学園"
"なんてこった。これじゃ事実上の決勝戦じゃねーか"
聖ローザンヌ帝国学園
実際に会ったことは一度もないが、俺らの優勝をギリギリではばむのがこいつらだった。その手口は狡猾でいやらしく、ねちっこい。
"あいつら絶対デブだよな"
とタケルからレスが入るが、お前もじゃねえか、というツッコミをしたら負けなんだ。ここは全員が必死に我慢する。
そのときだった。
全員の端末が消えてデブの顔が大写しになる。おい、なんだこのデブは!
–––久し振りだね
その声は!
聖ローザンヌ帝国学園主将、フトシ!
–––君たちのスカイプはあっさりハックさせてもらったよ
なんだって!?
–––ルクセンブルク本社サーバのセキュリティは流石に硬かったけど、45分で侵入に成功した
なんて奴らだ…!
–––それから、カズヤくんね。大会日程のアラームをかけて寝てたみたいだけど、リモートから侵入して少々時間をズラさせてもらったんだ。
–––今頃大会の夢でも見ながらぐっすり二度寝中だろうよ
"おい!ふざけるな!妨害の仕方がおかしいだろう!"
"そうだ!カズヤは最初から捻挫の演技も含めてサボるつもりだったんだぞ!?"
駄目だ。僕らのツッコミもピント外れだ。
–––とにかく、優勝は僕達のものだと思いますが、せいぜいがんばってくださいね
–––はっはっはっはっ……
"くっそ、汚いやつらめ!"
タケルが怒りに任せてコーラをらっぱ飲みする。
"怒るなタケル!血圧上がっちまうぞ"
"血糖値もな!"
"血糖値ワロタwww"
"しかしカズヤがいないのはそういう理由だったのか…"
"はらわたが煮えくり返りそうだぜ…!"
"許さん、許さんぞ聖ローザンヌ帝国学園!!"
"この恨みは試合で返してやろうぜ!なあみんな!"
"おう!"
みなチャット上では怒気鋭く気勢をあげていたが、モニタ上で動画が復活するとみんないつもの無表情だったのに逆に笑った。
俺たちパソコン部がモテないのもうなずける話だった。
そしてオンラインで派手なロゴが流れてWeb上で試合が始まった!
平板な自動読み上げ機能が僕らの試合をコールする!
"…第一回戦、聖ローザンヌ帝国学園 対 第一電脳高等学校"
"勝負は…"
みんなの緊張が高まる。
"1時間以内にイランの原子力発電所のコントロールセンターへ侵入すること"
…なんてこった。
国際問題じゃないか…!
"え"
"スマホのアプリとかそんなんじゃないんだ…"
大会タイムラインに驚きの声が続々と上がる。
大会の運営者のこのノリにはいつもびっくりさせられるぜ。
"おもしれえ…やってやろうじゃねえか!"
アキラ…
"なんならウラン濃縮施設にも侵入して◯◯を△△してやろうぜ!なあみんな!"
タケル…
大会運営者がNGワードを設定してくれて本当に良かった。
"それでは準備はよろしいでしょうか?3…2…1…ゴー!"
ソッコーでアキラがイランのサイトへジャンプして進入するサーバの所有者情報を集め始めた。僕は攻撃対象のOSに合わせてコマンドを集め始める。タケルはスタートと同時にめっちゃ何か食い始めた。よし、練習通り、いい感じだ!
アキラからすぐに連絡が入った。
"このホストサーバだ!"
アキラはこの短時間でペルシア語のサイトを駆けずり回り匿名で更新されているエンジニアのブログからオペレータのハンドルネームをピックアップ、Whoisサービスからホストドメインを総当りしたところ候補となるサーバが見つかったとのことだった。やるじゃない。
"よし、後は俺の出番だ"
該当するブログを頼りにお手製のウイルスを流し込む。彼が使っているパスワードを一つでもとれれば加点されるはずだ…
が、しかし、
駄目だ…サーバが見つからない…
"そうだよな…原子力発電所のコントロールセンターなんて、そもそもネットワークに存在するわけないんだよ"
タケルが諦めたような口調でチャットしてきた。くそっ、このデブはこの期に及んでまだ太るのか!
"諦めるのはまだ早いぞ!"
その声は!
スカイプの4つ目の画面が復活している。
カズヤだった。
よく見えないがケガをしているみたいだ。
"カズヤ!どこにいるんだ!"
"俺か、俺は今、"
"イランにいる!"
"サーバがインターネットに向いてないんだろ?そりゃそうだ。本当に大事なネットワークは外部から侵入できないんじゃなくて入り口がないんだ"
"だから俺の出番だ"
"おい!マジかよ!"
"家で寝てると思ってたぜ!"
"カズヤ!そんな危険を冒して!バレたら高校の大会でしたですまないんだぞ!?"
"…いいんだ"
"このメッセージが最後になるかもしれない 65秒後に突入する"
"パソコン部さ、運動部と比べて見た目も地味だしパソコンに向かってるだけだし陰の扱いをされてきたよな"
"選手生命を押して試合に出たりとかさ、逆転のホームランとかさ、何もなかったんだよ"
"だからさ、そういうのやりたかったんだ"
"俺が心をこめて作ったこのUSBドライブを物理的に内部ネットワークに刺す"
"調べたんだけど某国の核濃縮施設は発電用としてもあまりに過剰だ。IAEAの査察にも協力していない。これが正義の戦いになればと思うよ"
そこで一度チャットが止まる。
カズヤが遠くイランの地でキーボードを打ってる。
息継ぎが終わったみたいにメッセージが届く。
"とか言ったけど結局さ、パソコン部がかっこいいとこ見せたかっただけなんだ"
"みんなありがとな"
カズヤ…!
"カズヤ…!"
それから画像は途絶えた。程無くして、あっけないほど簡単に、文句なしの管理者権限のデータが送信されてきた。僕たちはカズヤの背中に乗って、優勝を手にした。
・・・
あれから1週間経ったがカズヤはまだ帰ってきていない。噂では敵に捕まっただの、日本へ向かう貨物船に乗っているだの、根も葉もない噂が飛び交っている。
大きく変わったことが一つある。
パソコン部は押しも押されぬモテ部活動になって、僕らはみんな、初めてバレンタインデーにチョコをもらった。
本当はここにいるはずのカズヤを除いて、僕らはとてもかっこいい存在になった。某大国からの感謝状も予定されているらしい。
カズヤの入ったチャットは今でも彼がいたときと同じように使っている。
彼からのメッセージがひょっこり帰ってきそうな気がする。
カズヤからの「よお!久しぶり!」をまた見たい。
今週のお題「今年こそは」