物語はいつも不安定

SF小説が好きすぎて

裸に見える王様

「王様は裸だ!」

 

と叫ぶ声が聞こえました。

 

でも、王様はきちんと服を着ていたのです。ただ、見えなかったのです。

 

むかしむかし、あるところに、服を着るのが大好きな王様が住んでいました。

 

 

王様は贅沢なご飯や勇ましい戦争には興味がありませんでした。王様の願いはただひとつ、美しい服を着ることでした。

 

「王様、今日のお召し物は差し色が季節感を先取りしていいですね」と言われれば笑顔になり、

 

「王様、今日のお召し物は80年代のクラシックな装いが華やかさを演出しています」と言われると自慢しました。

 

王様の服はファッション界からも注目されていました。「今日の王様はラグジュアリーな中にもコンセプチュアルなレイヤードがアクセントになっていてありそうでなかったスタイリングには世界中のファッショニスタがエフォートレスシックな上級ドレスアップ着こなし術に遊んでいる感じが要チェックだ」と褒めそやした記事が飛び交いました。

 

 

 

それでも王様は満ち足りませんでした。暇さえあれば服を着替えていましたので、美しい服への飢えは激しさを増していきます。

 

もっと目新しい素材を、もっと新鮮な装いを、もっと美しい服を!

 

私には、着る服が何もない!

 

 

王様の眼が芸術家、いや、革命家のそれに近づいた頃、二人組の若者が町を訪れました。

 

  

二人は自分たちには誰にも真似できない特別な技術がある、と街中を練り歩いて自慢話をしたので、王様にもたちまちその話が届きました。

 

二人は王様のもとを訪れてこう言いました。

 

「王様は珍しい衣装をお探しと聞きました。実は私達にはとても珍しい技術があります。その人間にふさわしくない仕事をしている人と、ばかな人間には見ることの出来ない布を織ることができるのです」

 

そんな布があるのか、と王様はワクワクしました。さらに二人は続けます。

 

「王様、これがあれば家来や国の人々からばかな人間や、分不相応な仕事をしている人間を見つけ出して追い出すことができるのです。王様の服で」

 

挑発的な言葉が王様の自尊心を、そして内底から沸き上がるマグマのようなリビドーを刺激します。

 

最後に若者は震える王様の耳に唇が触れんばかりの距離で、こうささやいたのです。

 

 

「私達なら、できる」

 

 

王様は一も二もなく二人と契約を交わしました。1年間の十分な暮らしと製造費、さらには成功報酬まで書面で交わしたのです。

 

 

「王様」

 

 

ファッション・ギャングスタが耳元でささやきます。

 

 

「王様・イズ・ラッキーガイ」

 

 

二人の仕事が始まりました。

 

 

二人はアトリエを与えられ、昼も夜も何やら新しい織り機でぎったんばっこんと音を立てています。

 

 

 

 

半年が過ぎた頃、王様は仕事の進み具合が気になって気になって夜も眠れなくなりました。しかし布が目に見えなかったらどうしようと不安で、自分で見に行く勇気はないのでした。そこで大臣を呼びつけて彼らの仕事を見てくるように言い渡します。

 

 

大臣も行きたくありませんでしたが、言いつけに背くわけにはいきません。こっそり二人のアトリエを訪ねました。

 

 

「これはこれは。大臣様自らこのようなお出向きとは光栄です。はて、いったいどんな服ができるか、ですとは。なるほど承りました。それでは大臣、あなた様にはこの花が何色に見えますか?なるほどシミひとつない純白。そう、私めにも残念ながらそのように見受けられます。が、実はある種の蝶から見るとこの花は大変派手なマダラ模様に染まって見えるのです。いいえ嘘ではございません。蝶には人間には見えない光を見る視力があります。花には蝶にだけ見える模様を造るインクがございます。このようにして花は蝶に見つけてもらい、蝶は花を見つけることができるという、共同作業のような関係が確かに存在するのでございます。このマダラ模様、美しいとは思いませんか。たった一種類の蝶と共同で作り上げた偉大な美の形です。もしも王様の服がこのように振る舞ったらいかがでしょうか?いえいえ、だましているわけではございません。そら、その証拠に王様の服はここへ。9割9分完成しているのでありますよ。この襟はレトロな形のセミピークうんたらかんたら」

 

大臣がアトリエの中を見ると、見たことのない美しい藍色をしたシックなドレス・スーツが飾られていました。

 

二人組は詐欺師ではなかったのです。

 

大臣も大変満足して、自分がばかではなかったことに安心して、そのように王様へ報告し、王様はその日からぐっすりと眠ることが出来ました。

 

 

そしてついに王様の新しい服のお披露目会の日がやってきました。世界中からやってきたファッショニスタと国民総出の中、ついに王様だけのランウェイが国中を練り歩く瞬間です。

 

 

国中がかたずを飲んで見守る中、ついにお披露目された王様の服は、

 

 

 

 

 

やっぱり見えませんでした。

 

 

「えーっと…すごい!すごいデザインの服な気がする!」

 

「いい…ですね。なんかこう…襟とか…?」

 

「すごい服な気がする!あのメカニカルなフォルム!ダークな色合いがクール・スポーティな印象を与えているといいなあ!」

 

「王様は裸だ!」 

 

人々はそれぞれに印象を口にしましたが、触ってみると普通に手触りがあったので悲しい気持ちで認めざるを得ませんでした。自分にぴったりの仕事についていてばかではない人というのはそんなにいなかったのです。

 

そんなわけで服を着ているのに裸に見える王様は逆に不憫でした。裸に見えるリスクを承知でそんな服を着ている人物はそもそもそんなに賢くはなかったのです。

 

しかし、服が見えなくても、自分が馬鹿なのではないか、と疑問を感じた人間にはうっすら見えるようになりました。自分がばかではないかと疑える人間はばかではないようです。

 

 

さて、肝心の王様は自分の服が見えたのでしょうか。

 

 

王様は着替えが済んだ頃から大変もじもじして、恥ずかしそうに出てきました。そしてボタンやラペルの位置を何度も取り間違えながらやっと着ることが出来たのです。しかし見えなくてもそこに布の感触がありますから、何も言えずにパレードを始めたのでした。

 

 

 

王様は、自分にふさわしい仕事についていないのでした。

 

それから王様の国では服が見えないものの葛藤と悲嘆をヘた後に大きな転職騒動が巻き起こりました。その筆頭は王様で、喧々諤々の議論を経てついに王様が壮年期の男性を対象としたファッション誌の表紙を飾った時、やっと服が見えるようになったということです。

 

 

今でもその国では自分がばかではないか。自分のしたいことを仕事にしているのか考えたいときには「お前は服が見えるのか?」と問いかけます。

 

王様もそうでした。

 

 

王様は大好きなドレス・スーツを今でも大事に、この布地がいつまでも見えますように、と願いながら袖を通します。

 

 

 

今日の撮影は10:00から。

 

照りつける太陽の下、プールサイドを誇らしげに歩く元王様の姿と、それを追うカメラの姿がありました。

 

今週のお題「好きな服」

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